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【ニュース】『市川三郷レンジャー』隊員名募集!!

以前紹介した市川三郷レンジャー。
この3人の名前を市川三郷町で募集しています。

えーっと、「花火レッド」「印鑑イエロー」「ニンジンブルー」・・・そのままじゃんorz

(以下市川三郷町HPから引用)
地元の県立市川高等学校美術部デザインによる、町のPRキャラクターとして誕生した市川三郷レンジャー。
それぞれ3人の隊員の名前を募集します。
町の特徴を表した3人の隊員。これから町のPRのため幅広く活躍していく予定です。老若男女問わず誰もが親しみやすく、可愛い名前を募集します。

【応募方法】
?隊員名(青・赤・黄)3人それぞれの名前
応募者の ?住所 ?氏名 ?年齢 ?職業(若しくは学校名及び学年) ?電話番号を明記の上、ハガキ・FAX・メール又は添付してあります申込用紙にて応募してください。

【応募締切日】
平成20年2月25日(月)必着

【表彰式】
最優秀賞:1名   優秀賞:若干名
平成20年3月8日(土)10時~14時 『六郷の里つむぎの湯イベント広場』で開催される「キッズフェスティバル」で、名前のお披露目と表彰式を行います。

【申込先】
〒409-3601 山梨県西八代郡市川三郷町市川大門1790-3
        市川三郷町役場総務課広聴広報係
FAX:055-272-2525
E-mail:ims1790@town.ichikawamisato.yamanashi.jp


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【ニュース】旅行代理店と提携、誘客 早川・上流文化圏研

早川の上流研が実施しているやまだらけツアーが山日新聞で紹介されていました。

地元の人が地元の魅力を語るこのツアー。
旅行代理店との協力により、早川の魅力に触れる人がいっそう増えることを期待します。

田舎では当たり前のものごとが、都市住民には新鮮で魅力的に映るということもあります。
それを見ることで、地元でもその良さを再発見するという良い循環になると良いですね。

(以下山梨日日新聞Web版から引用)
早川町の自然や歴史を紹介する「やまだらけツアー」を展開してきた日本上流文化圏研究所は今年、新たに旅行代理店とタイアップしたツアーを行う。十九、二十の両日にはスローライフをテーマにしたモニターツアーを実施した。全国各地に固定客を持つ代理店を通じて、早川の暮らしや文化を幅広くPRし、将来的な定住人口の拡大につなげたい考え。
やまだらけツアーは二○○三年にスタート。一-二カ月に一度、研究所スタッフや住民がガイドを務め、「早川の伝説と民話を訪ねる旅」など地域に根差した旅行を実施してきた。ただ参加者は県内在住者が多かった。
団塊世代の大量退職を契機に、大都市圏を中心に田舎暮らし志向が強まる中、「早川の魅力を全国各地に宣伝すれば、定住者が増える可能性がある」(研究所)と、マーケットを拡大するため代理店と連携したツアーの検討に入った。
代理店への売り込みに向けて、研究所は農業や自然、空き家訪問を織り交ぜた体験型のプログラムを作成中。今後、関東近県の会社にアプローチしていく。


【ニュース】おばあちゃん朝市20年

JR鰍沢駅前で地元の方が野菜などを販売する朝市が朝日新聞で紹介されていました。
今の時期などは早朝はかなり冷え込んでつらいと思いますが、元気なおばあちゃん方が頑張ってひらいているそうです。
きちんと固定客もついているそうで、継続することの重要さが伝わってきます。

しかし、20年も続けてきたことには本当に頭が下がりますね。
楽しみながら活動することが、このように続けてこられた秘訣ではないかと思いました。

(以下asahi.comから引用)
■旬の野菜・手製惣菜並ぶ
JR身延線の鰍沢口駅前で、月に2回開かれる小さな朝市が、満20年を迎えた。近くに住むおばあちゃん4人が、旬の野菜と、手製の総菜やお菓子を並べる「大同(だい・どう)ふれあい市場」。地元の主婦や駅の乗降客に親しまれ、昨年秋には、地産地消の先駆的な取り組みとして県の表彰も受けた。「喜んでもらえる限り続けるよ」と、4人は元気な笑顔を見せる。(吉田晋)

■JR鰍沢口駅前、現在4人で運営
車の窓ガラスが凍り付くほど冷え込んだ今月22日朝。夜明け前の6時から、小さな駅前の広場に農産物が並んだ。大根、ネギ、ホウレン草に梅干し、豆餅……。駅の近くの、かつて大同村と呼ばれた地区に住む遠藤まつのさん(82)と伊藤米子さん(78)、今村恵子さん(76)、遠藤悦子さん(69)の4人が開いた市場。自分の畑と台所で作った、低農薬無添加の安全性と素朴な味が売りだ。
お客さんも早朝から、車で乗り付けたり、駅に急ぐ足を止めたり。南アルプス市から夫婦で来た吉田久美子さん(73)は「とれたての野菜と、おしゃべりが楽しみで、ずっと通ってます」。
確かにお客さんとの会話が絶えない。煮物の味付けのコツや、家庭菜園の肥料の与え方、そしてご近所の話題など。2時間たたないうちに、ショウガのお菓子と、あんこまんじゅう、みそが売り切れになった。ラッキョウ漬けを買った中年の男性2人は「これを食べると、よそのは食べる気がしないんだよ」。
朝市は毎月7日と22日。朝の6時から10時ごろまで、夏は5時から始める。「休んだのは台風と大雪の2、3回だけだよ」と遠藤まつのさん。「うちでたくさん野菜を取るら。よそへあげて、うちにもあるって言われるとがっかりで」。そこで始めたのがこの朝市だという。国鉄が民営化し、JRになって間もない1987年の12月だった。まだ県内に直売所はほとんどなかった。さきがけとしての取り組みが評価され、昨年秋、「食のやまなし地産地消優良事例」の知事表彰を受けた。
「野菜作りは、目に見えて大きくなるから楽しいよ」「自分の手で作った物を買ってもらうと、気持ちもにぎやかになるね」。当初は13人いたメンバーも、今は4人だけになってしまったが、「いつまでも続けていきたい」と口をそろえた。


【イベント紹介】中部横断道フォーラム2008

2月9日に県立文学館で中部横断道フォーラムが開催されます。

峡南地域の将来像を描く上で、良くも悪くも欠かすことのできない中部横断道。
開通後に通過されるだけの地域になるのか、それとも地域活性化の材料になるのか、それは今からきちんと検討していかいないとなりません。
今回のフォーラムは、中部横断道の開通を地域の活性化にどう活かしていくか考える良い機会だと思います。

(以下ホットインフォメーションから引用)
~山梨と静岡をつなぐ中部横断自動車道の開通を目指して~
中部横断道フォーラム2008
2008年2月9日(土)
パネルディスカッションを通して、中部横断自動車道の役割や機能をはじめ、沿線地域の将来像を考えます。参加無料です。

【日時】 2008年2月9日(土) 開場13:00 開会13:30

【会場】 山梨県立文学館 講堂  〒400-0065 山梨県甲府市貢川1-5-35

【定員】 500人(定員になり次第締め切ります)

【入場料】 無料

【内容】 パネルディスカッション
『中部横断自動車道を活用した地域の活性化について』
地域関係者、有識者を交えた8人によるパネルディスカッションで、中部横断自動車道の持つ役割や特性を広く地域に周知し理解を深め、沿線地域における、生活、産業、観光などの将来像を見いだしていきます。※途中15分間の休憩あり

【出演者】 【パネリスト】
宮島 雅展 氏 (甲府市長)
依田 光弥 氏 (身延町長、中部横断自動車道(富沢・増穂)建設促進連絡協議会会長)
志賀 典人 氏 (JTB常務取締役)
花岡 利幸 氏 (NPO法人CCCMまちづくり会長)
内藤 道子 氏 (家庭科教育支援ネットワーク主宰)
菊川   滋 氏 (国土交通省道路局審議官)
進藤 一徳 氏 (山梨県観光部長)
田中 孝治 氏 (静岡政経研究会地域・産業研究所 常務理事・所長) 

【コーディネーター】
萩原 満治   (山梨日日新聞社論説委員長)

<お申し込み・お問い合わせ先>
山日YBS営業推進局「中部横断道フォーラム」係
〒400-8515
甲府市北口2-6-10
電  話:055-231-3121(平日9:00~17:00)
ファクス:055-231-3107(24時間受付)
※定員(500人)になり次第、締め切らせていただきます。                   
※お申し込みの方には「参加証」をお送りします。当日会場受付にてご提示ください。
※申込者の個人情報は、当フォーラムの運営にのみ使用します。

【主催】 山梨日日新聞社、山梨放送、静岡新聞社、静岡放送

【後援】 山梨県、静岡県、甲府市、静岡市、韮崎市、南アルプス市、北杜市、甲斐市、市川三郷町、増穂町、鰍沢町、早川町、身延町、南部町、中部横断自動車道(富沢・増穂)建設促進連絡協議会、女性みちの会(するが、峡南、南アルプス、北杜)、山梨総合研究所、中日本高速道路、国土交通省


【ニュース】身延町の時差出勤制度が成果

身延町の時差出勤制度が山梨日日新聞で紹介されています。
夜間に及ぶ勤務などの際に、勤務時間を通常とずらして対応するというものです。
2ヶ月間で17万円の削減というのはけっこう大きな数字だと感じます。
自治体の支出項目も大きな部分を占める人件費に対して、このような歳出削減も試していく必要があると思います。

(以下山梨日日新聞Web版から引用)
身延町は、職員の「時差出勤制度」を導入、成果を上げている。夜間の会議や早朝のイベントなどで時間外勤務(長時間勤務)を強いられるケースを解消。職員の身体的負担を軽減し、仕事の能率アップ、時間外手当などの経費削減にもつながっている。県市町村課によると、県内自治体でこうした制度を本格的に取り入れている例はないという。
時差出勤制度は昨年十月にスタート。役場本庁舎や各支所、町営施設などで働く職員全二百四十七人が対象となっている。(1)午前六時から午後三時(2)午後一時から午後十時-など十三パターンの勤務時間で、会議やイベント、各教室などの時間に応じて出勤する。
町によると、導入前は午前八時半出勤が基本で、会議が夜間にあるときなどは長時間勤務を強いられ、それに伴い時間外手当支給などの支出も生じていた。導入後の昨年十、十一月の二カ月間の実績は、時差出勤が二十四件あり、時間外勤務が減少。二カ月で約十七万円の経費(人件費)削減ができたという。
同期間の運用状況をみると、午前十時半から午後七時半(七回)や午後零時半から九時半(八回)の割合が多く、生涯学習課や福祉保健課など各種教室に関係する部署の利用が多い。町は「業務能率の向上とともに経費削減にもなる。適正かつ有効に活用していきたい」(総務課)としている。


【ニュース】二つの「過疎」、特産市で結ぶ

今日の朝日新聞に以前紹介した共生プロジェクトKKの記事が掲載されました。
これは、峡南地域の野菜を甲府の中心街に持っていき販売することで、峡南地域と甲府中心市街地を活性化しようという取り組みです。
記事の後半にもあるように課題も多く残されていますが、このような活動の積み重ねで地域に活力が戻ってくるのだと思います。

しかし、二つの過疎とは上手いタイトルを付けたものですね。

(以下asahi.comから引用)
高齢化が進む峡南地方で、細々と作られる自家消費用の農産物を集め、空洞化する甲府の中心商店街に並べてみたら――。有志グループが、「二つの過疎」の解消を目指す、こんな実験を始めて間もなく満3年になる。流通ルートには乗りにくい安全安心な特産品として売り出し、双方の活性化につなげるアイデアだ。月1回の青空店舗には常連客も訪れるようになり、「県内各地の産地を結び、将来は常設店に」とメンバーの夢も膨らむ。(吉田晋)
毎月第2土曜日の昼前。甲府市中央1丁目のアーケード街「春日モール」の路上に、野菜や卵をテーブルに積み上げた「店」が登場する。身延産の曙大豆、南部産の芋がら、増穂のころ柿……。刺し身コンニャクや黒大豆のみそ、切り干し大根に白菜の漬物などの加工品もある。
いずれも小さな農家が、いわば自家消費用に作ったもの。自分で食べるためのものだから、安全性は折り紙付きだ。
「共生プロジェクトKK(峡南&甲府)」と銘打って、この「店」が始まったのは05年の春。以後、毎月1回、ほとんど休まず続けて、この1月で32回目になった。
プロジェクトのメンバーは、NPO「CCCMまちづくり」(花岡利幸会長)のスタッフを中心に、大学生や公務員など20代から60代の約10人。「過疎の農村では、お年寄りがせっかく作ったのに食べきれず畑で枯れてしまう作物もある。うまく消費地に届けられれば、きっと喜んでもらえるし、遊休耕地も減るはず」と、発案者の一人で公務員小幡保貴さんが狙いを語る。
売る場所は、甲府市の中心街にこだわった。「郊外の大規模店の方が集客力はあるかもしれない。でも、県都の中心部の『過疎』も、峡南と同じく大きな問題だから」と小幡さん。店が特産市として街の名物になれば、人を引きつける魅力の一つになる、という計算だ。
食の安全という関心からプロジェクトに加わったのは、南アルプス市の主婦、八十島知英子さん。「地元の農業を応援したい」と話す。
これまで販売は順調だが、課題は集荷、運搬の態勢づくり。今は峡南地域のJAが、直売所に持ち込まれたものを甲府まで運んでくれている。もし各農家を集荷して回ることができれば、もっと輪を広げることができる。
また、月に1度の店なので売れ残った野菜は毎回返品しなければならないが、常設店ならその手間が省ける。生産者も出荷時期を逃さなくて済むし、買う側も毎日の食材を求めることができる。「空き店舗を使って常設化し、地域住民に運営に参画してもらう。一方で生産者も峡南だけでなく県内各地に広げる」。小幡さんたちは、こんな計画を思い描いている。


【ニュース】日本郵政グループCMに峡南編

以前紹介した日本郵政グループのCM「ひとりを愛せる日本へ」が山梨日日新聞でも紹介されていました。
このCMで見ると、峡南地域はとても穏やかで良いところに感じますね。
普段見慣れてしまい気付かないでいる地域の良さを教えてもらった気がします。

(以下山梨日日新聞Web版から引用)
日本郵政グループのテレビCMに、鰍沢町の五開簡易郵便局などが「山梨県峡南地域篇」として登場し、全国に紹介されている。
「峡南地域篇」は、昨年十二月上旬に収録。三十秒間で歌手・夏川りみさんの「涙そうそう」に合わせ、増穂町から見た富士山や同町穂積地区のユズ、市川三郷町の和紙職人の様子が映っている。
同グループのテレビCMは、昨年十月の郵政民営化を期に、「日本のすみずみまで幸せになる民営化」「ひとりを愛せる日本へ」をコンセプトに製作。北海道から沖縄県まで各地で収録が行われ、全国平等にサービスを提供していくというメッセージが込められているという。
峡南地域は、新春の放送に合わせて富士山を展望できる地域として選ばれた。
同グループによると、テレビCMは年始めから全国で放送。現在は木曜日午後十時から放映されているフジテレビのドラマの合間に流れている。
同グループのホームページでも見ることができる。


【ニュース】和紙オルゴール 人気

身延町西嶋では、和紙を使ったオルゴールを製造販売しています。
洋風建築が増える中で、新しい需要を掘り起こしていく姿勢には感心させられます。
この手の製品は無理矢理作ったようなデザインが多いですが、これは見た目も可愛いですし、好みの絵柄が選べればかなりのニーズはあるのではないでしょうか?

以前どこかでこのような構造とデザインのスピーカーを見た記憶がありますが、そのような発展も期待してしまいますね。

(以下YOMIURIONLINEから引用)
身延町西嶋特産の和紙を使ったオルゴールを、同地区にある製紙会社「山十製紙」が開発した。和紙に響く柔らかな音色が人気で、売り上げが好調だ。同社は音を紙や布などで響かせる技術の特許を取得。需要が減った和紙の新しい利用法としても注目を集めそうだ。
西嶋地区で和紙の生産が始まったのは400年以上前。武田信玄にも献上したとされる伝統産業だが、近年は、ふすまや障子の需要が減ったこともあり和紙の売り上げが低迷している。
「和紙にもっと親しみを持ってもらいたい」と、常々思っていた同社の笠井伸二社長(51)が、和紙とオルゴールの組み合わせを思いついたのは4年前。知人の音楽機器メーカーの社員から「最高品質のスピーカーには和紙原料のミツマタを使っている」と聞いた話を思い出したのがきっかけだった。
和紙の形状には試行錯誤を重ね、ラッパ形や、筒形、球形など様々な形を試作。その結果、音がきれいに響くのは、和紙をゆるやかなU字形にした場合であることがわかり、2年前に製品化にこぎ着けた。
オルゴールは、ネジをまいて出した音の振動がピアノ線に伝わり、ミツマタをすいた和紙に反響する仕組み。使われている和紙は取り外して、インクジェットプリンターでお気に入りの写真や絵を印刷することもできる。
昨年7月には、音源からピアノ線などの伝線で音の振動を伝え、紙や布などで音を響かせる技術の特許を取得した。
笠井社長には、「スピーカーなどから、和紙で作ったふすまや電気のカサに伝線を伸ばし、部屋中に柔らかな音を響かせることもできるのでは」とのアイデアもあり、製品化を検討している。
時間がたっても色があせにくい和紙を使ったオルゴールは、記念品や結婚式の引き出物として好まれ、2年間で約700個が売れた。笠井さんは、「オルゴールが和紙を身近に感じるきっかけになれば」と話している。
オルゴールの値段は1個3500円~3800円。県地場産業センター「かいてらす」(甲府市)や「身延町なかとみ和紙の里」(身延町)などで販売している。


【ニュース】見る:ふじ川とその周辺の作家展

以前紹介した「ふじ川とその周辺の作家展」が毎日新聞で紹介されていました。
こういった地域のイベントを紹介してもらえるのはありがたいことです。
積極的にいろいろな企画を展開することが地域の露出度を上げ、活性化にもつながると思います。

(以下毎日jpから引用)
峡南地域を南北に流れる富士川周辺で活動する作家らの作品を紹介する「ふじ川とその周辺の作家展」が、身延町西嶋345の町立「なかとみ現代工芸美術館」で開かれている。増穂町出身の版画家・深沢幸雄氏ら富士川周辺の出身者や在住の作家54人による日本画や油彩、陶芸など計94点を展示。2月17日まで。
富士川は同町のほぼ中央を貫流するように流れており、町民の生活・文化と密接に関連してきた。同館によると、ゆったりとした自然環境を求めて活動拠点を富士川周辺に移す作家は数多いという。
同展では、同町出身の画家・望月一氏が身延山頂から富士川を描いた「明ける」(06年)や同町出身の画家・若尾安子氏が富士川の夜景を描いた「長い夜」(05年)などの作品が並ぶ。
同館は「甲斐と駿河を結ぶ要路であり、人々の暮らしに密着してきた富士川流域の作家の作品を見てもらうことで、この地域の再発見につながれば」と期待している。
火曜休館。開館時間は午前9時半~午後5時(入館は午後4時半まで)。入館料は一般500円、大・高校生300円、小・中学生100円。問い合わせは同館(電話0556・20・4555)。【小林悠太】


【ニュース】花火の魅力を墨で表現

カラフルな花火を墨で表現している人がいます。
実際の絵を見てみると、墨で塗った黒地に白く残した花火がとても静かな感じで印象的です。

描き続けて20年。なにごとも続けていくことが大事だということですね。
(以下山梨日日新聞Web版から引用)
市川三郷町市川大門の渡辺清さん(72)は、地元の名物である花火の絵を墨で描き続けて約二十年になる。町内の煙火店に勤め、花火師を目指したが断念。その後も花火への愛着を失わず、「絵で花火の魅力を紹介したい」と筆を取った。満足できる完成品はこれまでに一点しかないが、花火の迫力を表現しようと制作に励んでいる。
町内の中学校を卒業後、斉木煙火店(当時)に入社。花火作りと同時に花火大会の観客向けに打ち上がった花火のイメージ図を描いたが、六年で転職した。転職先を約二十年前に退職してから、「煙火店勤務当時はうまく描けなかった花火の絵に再び挑戦したい」と決意した。


【ニュース】カップルの未来に「太鼓判」押そう

平林臼太鼓組合から新製品が発売されました。
その名も「GOAL印」。私こちらのネーミングセンス、好きです。
これだけ続くと、次の新製品の名前にも期待してしまいます。

しかしこちらの製品は新聞で取り上げられることが多いですね。
これこれもそうです。
ダジャレだけでなく、パブリシティも上手なのでしょう。

(以下asahi.comから引用)
太鼓型の印鑑にカップルの名前を刻んで、2人の未来に太鼓判を押す。名付けて「GOAL印」――。増穂町・平林地区の伝統を生かした商品を作る平林臼太鼓組合が、こんなユニークな新作を発売した=写真中央。
ケヤキの木を削った3センチほどの小さな太鼓の両面が判子になる。「新婚夫婦や、何かを達成した記念にいかが?」と同組合の小野智弘さん。今月から売り出したところ、すでに結婚式の贈り物などに引き合いがあるという。
平林地区の臼と、市川三郷町の印章、地元の伝統産業を組み合わせた「太鼓判」を商品化したのが1年前。その後、身延町の手すき和紙で作った封筒に「大当り」「太鼓判」と印を押し、宝くじなどを入れて願をかける「かみ頼み」など、生み出す商品はどれも遊び心がいっぱいだ。「これからも地元の伝統産業や技術にこだわっていきたいです」と小野さん。
GOAL印は2個セットで1万8900円。問い合わせは、同組合(055・284・0887)へ。


【ニュース】古式ゆかしく伝統の曳馬式

身延山では毎年1月13日に曳馬式が行われます。
これは日蓮聖人が身延に入山した際に地元の領主が馬を送った故事にちなんだものだとか。
来年こそは見学に行きたいと思います。

身延山HPでは写真入りで曳馬式の様子が紹介されています。

(以下山梨日日新聞Web版から引用)
日蓮聖人の年始めの月命日に当たる十三日、身延町の身延山久遠寺で伝統行事「曳馬(ひきめ)式」と「御年頭会(おねんとうえ)」が行われ、全国から檀(だん)信徒らが訪れた。
約七百年前に始まったとされる曳馬式は、地元の領主・波木井実長公が日蓮聖人を迎える際、駿馬(しゅんめ)を献上した故事に由来する。
この日は、色鮮やかな馬具を飾り付けた二頭の馬が白装束の舎人(とねり)に引かれ、祖師堂から来客殿までの約百メートルを歩いた。
御年頭会は曳馬式に先立って行われ、支院の僧侶や学僧が一年の慶福を祈願した。
 

【ニュース】廃食油回収が地域に浸透

最近では各地で取り組みが進められているBDF製造。
廃棄物の減量と燃料の製造が一体となっており、一石二鳥といえます。
身延町の静川小の取り組みは児童の呼びかけに地域が応じる形で実現しています。

環境の問題は、次の世代の子供達を巻き込んでいくことが大事だと思います。
子供達が主体的に活動し、大人がサポートする体勢が採れれば一番良いですね。

(以下山梨日日新聞Web版から引用)
バイオディーゼル燃料(BDF)としてリサイクルするため使用済みの食用油を回収している身延・静川小児童の取り組みが、地域に浸透している。当初の回収量は年間六十リットルに満たなかったが、地域住民に協力を呼び掛けたところ、現在は一カ月で三十-四十リットル集まるようになった。
同校は二○○四年度、環境問題を考える総合的な学習の一環でバイオディーゼル燃料について学び、廃食油の回収を始めることにした。燃料の受け入れは増穂町のNPO法人「スペースふう」に、精製は甲府市の向山塗料が行っている。精製された燃料は増穂町役場や一般家庭のトラック、乗用車に使用される。
四年目を迎えた本年度は全校児童四十八人が、家庭からてんぷら油などを持ち寄っている。子どもたちは校外に協力を呼び掛け、一般家庭や飲食店のほか、町の給食センターや福祉施設、保育所からも廃食油が届くようになった。
一カ月当たりの外部搬入が、十件を超すことも珍しくない。これまではポリタンク(二十リットル)に集めていたが、量が増えたため本年度からドラム缶(百リットル)を使っている。○四年度のスタートからの回収量は、七百リットルに上る。
児童会長の長沢美景さん(12)は「私たちの提案を大人が受け入れてくれ、うれしい。もっと大きな活動にしていきたい」と張り切っている。
小沢建二校長は「これまで油の処理に困っていた住民から感謝されるなど、子どもたちの呼び掛けが地域にリサイクルの大切さをアピールする機会になった」と話している。

【ニュース】ミニ公園「秋葉の辻」完成

市川三郷町では地元の歴史や文化を活かしたミニ公園を整備しています。
町中にこのような憩いの場が増えることは、地域の活性化にも効果的だと思います。

一度訪問してみたいんですが、場所が良くわかりません。
外部の人を呼び込む施設ではないのでしょうが、残念です。

(以下山梨日日新聞Web版から引用)
市川三郷町は、市川大門地区で地元の歴史や文化を生かしたミニ公園の整備を進めていて、このほど「秋葉の辻」と銘打った公園を新設した。大正から昭和初期にかけて和紙の手すきに利用された水路があった町並みをイメージして、園内に水路を配置したのが特徴。ミニ公園はこれまでに一カ所整備し、今後も新設を進める。十三日はオープン記念イベントを開く。
町によると、ミニ公園は総面積約百七十平方メートル。敷地内を幅三十センチ、延長十三メートルの水路が流れている。同所付近に無造作に置かれていた道祖神を移動して安置したほか、防火水槽一基を設けた。総事業費は約二千四百万円。
名称は、地域に伝わる火よけの神様「秋葉」にちなみ、地域住民が命名した。
幅約二メートルの町道のクランクがあった場所で、町が周辺の民家や空き店舗を買収して整備、町道の幅は約五メートルに広げた。

【ニュース】湯之奥金山遺跡で鉛を使った精錬法

11日付けの各紙で一斉に戦国時代に金を灰吹法で精錬していたことが確認できる土器片が出土したことが報じられました。
甲州市の黒川金山遺跡のほかに身延町の湯之奥金山遺跡から出土したそうです。

考古学にも金の製錬技術にも疎いのですが、金を鉛と一緒に溶かし灰の上に流すことで、表面張力の低い鉛を灰に染み込ませ、表面張力の高い金だけが残るという製法のようで、これにより、純度の高い金を取り出すことができるのだとか・・・

戦国期にこの製法を行っていたところは、他に島根県の石見銀山や奈良県の飛鳥池遺跡がありますが、灰ではなく土器に鉛を染み込ませるなどオリジナルな点があることから、この製法は甲州独自で発達したと考えられています。
500年近く前の甲州人がこのような技法を独自に編み出していたということに頭が下がりますね。

(以下asahi.comから引用)
県内の戦国時代の金山遺跡で、「灰吹法(はい・ふき・ほう)」と呼ばれる高度な技術を使って金が精錬されていたことが10日、わかった。灰吹法が戦国時代の金山遺跡で確認されたのは初めて。武田信玄が定め、武田軍の活躍を支えた甲州金が成立した背景に、高い精錬技術があったことを裏付ける発見だ。
県内の研究者を中心につくる甲斐金山遺跡研究会(清雲俊元・代表世話人)の調査でわかった。
同研究会によると、戦国時代の黒川金山遺跡(甲州市)と湯之奥金山遺跡(身延町)からはこれまで、金の精錬に使われたとみられる土器の破片が多数出土している。昨年9月から、16世紀半ばのものとみられる破片を蛍光エックス線装置で調べたところ、計5点から金と共に鉛が検出された。鉛を使う灰吹法で、金を精錬していた可能性が高いという。
灰吹法は灰などを盛った器の上で、不純物を含む金と鉛を一緒に溶かし、融点の低い鉛を灰に染み込ませて、金だけをとり出す精錬技術。日本には1533年、石見銀山(島根県)に初めて伝わったとされてきたが、昨年6月、奈良県の飛鳥池遺跡(7世紀後半~8世紀初め)でも同じ原理で銀を精錬していたことが発見されている。
県内の両金山遺跡では石見銀山と異なり、灰を使わず鉛を素焼きの器自体に染み込ませていたとみられる。飛鳥池遺跡の技術に近く、石見銀山と同時代に、独自の灰吹法の技術を確立していた可能性が高いという。
奈良文化財研究所の村上隆上席研究員は「日本でも古代から中世まで、灰吹法の技術が伝承されていたことを示唆する貴重な発見だ」とみる。
戦国時代、両金山遺跡から採掘された金は甲州金に加工され、武田氏の軍資金になった。甲州金は純度の高さから、重さでなく額面で取引され、江戸時代の貨幣制度の基礎になったといわれる。
帝京大学山梨文化財研究所の萩原三雄所長は「灰吹法の高い技術が甲州金を生んだ可能性もある」と話した。

(以下YOMIURIONLINEから引用)
帝京大学山梨文化財研究所(笛吹市)や県立博物館などの研究者でつくる「甲斐金山遺跡研究会」は10日、県内の二つの金山遺跡で、鉛を用いた製錬技術が16~17世紀に用いられていたことがわかったと発表した。戦国時代の金山遺跡で確認されたのは全国初。国内に金山遺跡は多数存在するが、製錬技術の実態は不明な点が多く、それらを解き明かす大きな手がかりとなるという。甲斐金山遺跡は武田氏の重要な資金源とされ、戦国時代の甲斐の歴史を知るためにも大いに注目を集めそうだ。
湯之奥金山から出土した土器片から検出された金粒(円内)=顕微鏡写真(甲斐金山遺跡研究会提供) 確認されたのは、黒川金山遺跡(甲州市)と湯之奥金山遺跡(身延町)。昨年9月、約20年前の発掘調査で両遺跡から出土した土器片計110点をエックス線などで分析したところ、土器片5点から金粒と鉛が検出された。
鉛を用いた製錬技術としては、朝鮮半島から1533年に石見銀山(島根県)に導入されたとされる「灰吹(はいふき)法」がある。この方法では、金や銀鉱石と鉛を灰を入れたるつぼなどで熱して合金にし、表面張力の違いを利用して鉛や不純物を灰に染みこませ、金や銀を精製、回収する。
また、2007年6月には奈良県の飛鳥池遺跡(7世紀後半~8世紀初め)出土の土器で確認され、国内最古とされている。研究会によると、甲斐金山では製錬過程で灰が使われていないとみられ、飛鳥池遺跡の技術と類似しているという。
研究会世話人の萩原三雄・同所長は「国内の製錬技術史を解明する上で画期的な発見。ほかの金山でも一般的に行われていた可能性もある」と意義を強調した。谷口一夫・湯之奥金山博物館長も「『金山衆』として武田氏を支えた甲斐金山の職人の生活や武田氏とのかかわりを知る手がかりにもなる」と話した。

(以下毎日jpから引用)
県内の金山遺跡の歴史解明を目的に、県内外の考古学の専門家などで作る「甲斐金山遺跡研究会」(代表世話人、清雲俊元・山梨郷土研究会理事長)は10日、身延町の湯之奥金山と甲州市の黒川金山から出土した土器から金の粒と金を鉱石から取り出す「製錬」をする際に用いた鉛を検出したと発表した。銀山遺跡ではあったが、戦国期の金山遺跡から鉛が発見されるのは国内初で、中世段階での金の製錬方法を知る貴重な資料になるほか、これまで謎とされた甲斐の国独自の貨幣制度「甲州金」の製造過程などを解明する手がかりになりそうだ。
今回調査したのは、湯之奥金山から出土した土器10点と、甲州市の黒川金山から出土した土器約100点で、いずれも15世紀後半から16世紀のもの。X線を使った撮影や分析で湯之奥金山の土器1点と黒川金山の土器4点から、金の粒や鉛を検出した。
鉛による金属の製錬技術は、鉱石と鉛を灰を敷いた器に入れて炭で加熱し、溶けた鉛を灰に染み込ませて金属だけを取り出す「灰吹法」が、1533年に朝鮮から島根の石見銀山に伝わったのが最初とされていた。しかし、昨年6月、奈良県の飛鳥池遺跡(7世紀後半~8世紀初頭)の土器からも鉛が検出され、土器の材質などから灰を用いない製錬方法が古くから国内に存在したことが確認された。今回の発見は、飛鳥池と共通しており、「灰吹法」とは違った製錬法が土着の文化として国内に定着していた資料になるという。
当時、県内では「金山衆」と呼ばれる職能集団が採掘にあたっており、採掘現場で金の製錬を行う高い技術を持っていたことが分かり、多くが謎とされる山梨の貨幣文化の解明につながる可能性があるという。

(以下MSN産経ニュースから引用)
帝京大学山梨文化財研究所や山梨県立博物館の研究員らで構成する「甲斐金山遺跡研究会」は10日、県内出土の16世紀の土器から金の製錬時に使った鉛を検出したと発表した。戦国時代に鉛を使って金から不純物を取り除く技術が確立していたことがわかったといい、同研究会は「金や銀の製錬技術の歴史を知る上で貴重」としている。
研究会は、黒川金山遺跡(甲州市)と湯之奥金山遺跡(身延町)で出土していた土器について、内部成分を調査。土器表面に金が付着し周囲の土器内から鉛が検出され、金の採掘現場で化学反応を利用して金を製錬していたとみられるという。鉛を使った金の製錬は江戸時代以降の遺跡からは数多く見つかり、奈良県の7~8世紀の遺跡からも発見されたが、中世での発見例はなかったという。

(以下山梨日日新聞Web版から引用)
戦国最強とうたわれた、武田軍団の財源を支えたとされる戦国時代の甲斐の金山で、鉛を用いて金を大量に製錬する技術が確立していたことが、十日、甲斐金山遺跡研究会(清雲俊元代表世話人)の調査で分かった。黒川金山(甲州市)と湯之奥金山(身延町)の遺跡から出土した土器を科学分析した結果、土器に付着した金粒の周囲から鉛を検出。戦国時代の金山で鉛を使った製錬が確認されたのは初めてという。
同研究会によると、当時の金山のうち黒川金山と湯之奥金山は、武田家がかかわった代表的な鉱山で、国史跡に指定されている。こうした県内の金山遺跡を総合的に調査研究しようと昨年九月、帝京大山梨文化財研究所や県立博物館、奈良文化財研究所などの学識者が同研究会を発足。同館の機材を使い、両金山の出土土器片を再調査した。
エックス線透過撮影と蛍光エックス線分析をしたところ、黒川金山出土土器四点、湯之奥金山出土土器一点から、金粒とその周囲に分布する鉛を検出。金鉱石と鉛を合わせて溶かすことで不純物を取り除き、純度の高い金を製錬した痕跡とみられる。

郵政民営化CM「ひとりを愛せる日本へ(山梨県峡南地域編)」

昨日、友人から教えてもらったのですが、「ひとりを愛せる日本へ」をテーマに制作された郵政民営化のCMに、峡南地域を題材にしたものがあります。
和紙、ゆず、硯など、峡南地域の特産品がうまく盛り込まれた内容となっています。
おじいちゃん、おばあちゃんの素朴な表情から、田舎のよさが伝わってきますね。

【ニュース】探していた本があったと好評

以前にも話題になった早川町が寄贈を受けた古書。
これが町を通じて愛好家達に届けられているそうです。
なかなか個人が持っていても活用できないものですが、役所が間に入ることで、広く活かすことができるいい例だと思います。
貴重なものですのでなるべく多くの人の手に行き渡ると良いですね。

(以下山梨日日新聞Web版から引用)
甲府市内の夫婦が、経営する古書店の閉店に伴って早川町に寄贈した古本が、町を通して町内外の読書家の元に届けられている。これまで約50の個人、団体へ約2000冊が譲り渡されていて、「探していた本が見つかった」と感謝する人も。本を管理する同町の日本上流文化圏研究所は「多くの人が本を手にして喜んでいる。本も新たな利用の場を得ている」と本が再活用されることを歓迎している。
 夫婦が寄贈した本は約五千冊。町は、地域資料として役立つ書籍は町交流促進センター内の図書室に置いているほか、譲ることができる本は同センターの一角に集め、町内外の希望者に提供している。
 同研究所によると、希望者は二十-七十代と世代は幅広い。甲府市など町外からの問い合わせも多く、古書店で見つからなかった本が見つかり喜ぶ人や一人で百冊以上を持ち帰る人もいる。一人で数回訪れる人もいて「探していた本が見つかり、提供者にお礼を伝えてほしい」といった感謝の言葉も寄せられている。
 希望者に譲り渡す予定の書籍は現在、二千五百冊以上ある。町は当初昨年十一月までの期限を設けて希望者に書籍を提供する予定だったが、すべての書籍が配られるまで提供期間を延長する考えだ。
 本を寄贈した甲府市内の元古書店経営者は「読んでもらうことが本の生きる道。大勢の人の手に渡ることはうれしく、今後も大切にしてくれる人に届いてほしい」と話している。

【イベント紹介】市川三郷わがまち再発見「新しい地元開拓ツアー(旧六郷町編)」

市川三郷町では「新しい地元開拓ツアー」の第3段として、旧六郷町編を1月19日に実施します。
このように地域について学ぶことで、合併後の町が「地元」として一体感を持つことにつながると思います。
六郷町だと印章、つむぎの湯なんかを見学するのでしょうか?

(以下市川三郷町HPから引用)
現在、町では新しい町勢要覧を制作中です。三つの町がひとつになり、初めて作る要覧です。町では要覧の作成に伴う住民参画企画として、「新しい“地元”開拓ツアー」を企画しました。
知っていそうで知らない、地元の地域資源に光をあて、わがまちをもっと理解し、好きになってもらおうというツアーです。

第1回目「旧三珠町編」、第2回目「旧市川大門町編」共に、好評をいただき無事に開催することができました。
いよいよ最終ツアーとなる第3回目は、「旧六郷町編」になります。
ご興味のある方はぜひこの機会にご参加ください。
 
なお、ツアー参加に際しては参加後に簡単なインタビューをさせていただき、ツアー風景の写真が要覧に掲載されます。
※参加された皆さまには特製ツアーガイドブックがプレゼントされます。

第1回旧三珠町編(11月24日:終了)
第2回旧市川大門町編(12月9日:終了)
第3回旧六郷町編(1月19日)
※この企画は旧3町ごとに3コースで実施します。

<第3回ツアー「旧六郷町編」>

【日時】1月19日(土)
 ■集合:JR身延線甲斐岩間駅12:30受付 
 ■出発:13:00/解散(甲斐岩間駅到着)16:00予定
 ※駐車場は市川三郷町六郷庁舎駐車場をご利用ください。
 ※全工程、徒歩でのツアーとなります。ご自身の体力をご考慮の 上ご参加ください。また寒さ対策など、暖かい服装でお出かけください。
【募集人数】30人
【参加費】無料
【申し込み方法】
 特定非営利法人つなぐイベント係/電話080-1223-8302
【運営協力】
 特定非営利法人つなぐ、株式会社サンニチ印刷

【ニュース】保育所に太陽光パネル

増穂町の町立第一保育所では、来年度太陽光発電の装置を設置するそうです。
地球温暖化対策として幼児期からの環境教育は重要ですし、太陽光発電は楽しみながら省エネを意識することができる点で保育所への設置に適していると思います。

4.68kwhとのことなので、規模は一般家庭と同程度です。
そうすると370万円は多少割高なような・・・?
新築時に設置するのと、既存の建物に設置するのでは手間が違うということなんでしょうね。

(以下山梨日日新聞Web版から引用)
増穂町や住民有志などでつくる「町地球温暖化対策地域協議会」は二○○八年度、町立第一保育所に太陽光発電パネルを設置する。現在、設置費用をねん出するため、町民に寄付金を呼び掛けている。
協議会によると、発電パネルは保育所屋上に設置。総出力は一時間当たり四・六八キロワットで、年間約六千キロワットの発電が可能。年間約二千四百キロの二酸化炭素を削減できる。
園内には発電表示板を設け、「園児らに発電量を見てもらうことで、少しでも環境意識が高まるようにしたい」(協議会)考え。設置費用は約三百七十万円で、85%は都内財団法人の補助金を活用。残る約六十万円は、町民から一口五千円の寄付を集める。
一方、協議会は二月三日、先進事例を学ぶため、甲府市の市民立共同発電所「山城ひまわり第一発電所」の見学会を開く。時間は午前九時-午後零時半。希望者は一月二十五日までに申し込む。参加無料で、定員は二十五人。
寄付と見学会の問い合わせ、申し込みは町町民生活課生活環境担当、電話0556(22)7209。

【ニュース】「デマンド交通」で住民送迎

身延町では高齢者の移動手段の確保に一生懸命です。
以前にもこのような取り組みが紹介されていましたが、今日の山日新聞にも掲載されていました。
先日のものとの違いが良くわかりませんが、町が運行するという点が違うのでしょうか。

山間地では交通手段をどうするかが高齢者の悩みのタネ。
自由に出歩けなくなった時点で、生活していくことが難しくなってしまいます。
日頃の生活に欠かせないものですから、さまざまな選択肢を示すことが必要だと感じました。

(以下山梨日日新聞Web版から引用)
身延町は、町が乗り合い自動車を運行し、乗車した複数の人を異なる目的地まで送迎する「デマンド交通システム」の導入を検討している。マイカーを持たない高齢者が増える一方で山間地を中心に民間バス路線の廃止、縮小が進む中、「住民の足」を確保することが目的。バスやタクシーなどの民間事業者とも協議し、既存の公共交通機関とのすみ分けやサービス内容を詰める。来年度から試行的に導入したい考えで、実現すれば県内初となる。
町によると、昨年十二月一日現在、六十五歳以上の町民は六千二十人で、全町民の37・1%。高齢者を中心に車を運転できずに公共交通機関に頼らざるを得ない「交通弱者」が目立ち、移動手段の確保が課題となっている。
町内では、民間で赤字バス路線の廃止、縮小が進んでいて、中富、下部(一部除く)両地区では町営バスが運行している。一方、旧身延地区では町が赤字を補てんして民間バス業者が営業している。二○○四年の合併以降、運行本数や運賃は町内で差が生じている。
デマンド交通システムは、複数の利用者からの予約を受けて運行、乗客の要望に応じて医療機関や福祉施設、商店などまでを乗り合いで送迎する。運行時間やコースは限定しないが、乗車時間や送迎場所がほぼ一致する人たちが同乗する形になる見通し。運賃も一律数百円を想定している。

【ニュース】キャラクター3人市川三郷町をPR

全国各地で展開されている「ゆるキャラ」。
市川三郷町でも大塚ニンジン、花火、印章をモチーフにした「市川三郷レンジャー」が作られたそうです。
市川高校の生徒がデザインしたという点が目新しいと思います。

特産品という意味では、和紙が入っていないのがちょっと残念ですね。

(以下山梨日日新聞Web版から引用)
市川高美術部の生徒のデザインによる市川三郷町のPR用ステッカーが完成した。「市川三郷レンジャー」と銘打った三人のキャラクターで合併した旧三町それぞれの名物を表現している。ステッカーは町内の保育園児や小中高生に配り、若い世代が町への愛着を深めるきっかけにしていく。
デザインを担当したのは町の依頼を受けた同校美術部の約十人。「子どもに人気があって、喜びそうなキャラクター」がコンセプトで、ヒーローを連想させる「レンジャー」を名前に付けた。三人は青、赤、黄色で、それぞれの顔に大塚ニンジン(三珠)、花火(市川大門)、印章(六郷)をあしらっている。互いに肩や腕を組んで旧三町の一体感を強調している。
三人のイラストが入ったステッカーは縦二センチ、横三センチで、八枚で一シート。六千シートを制作した。
今後、町内外のイベントで配布してPRするほか、キャラクターグッズを考案したり、町民からキャラクターの名前を募集する計画。町は「市川高と協力しながら、キャラクターの活躍の場を考えていきたい」としている。

【ニュース】花火に託す情熱

あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。

さて、まずは新年らしい明るい話題から。
市川三郷町では花火の生産が盛んで、毎年8月7日に開催される神明の花火大会は県内最大クラスで多くの観光客を集めています。
毎年花火見物に行っていますが、年を追うごとに目新しい花火が披露されており、何度行っても楽しむことができます。

古くは戦国時代の狼煙の技術をルーツに持つといわれている市川の花火。
伝統を大事にしながら、新しい意匠を取り込んでいく姿勢には脱帽します。

(以下YOMIURIONLINEから引用)
ざらざら、ざらざら――。
洗面器から火薬をすくい上げるたびに乾いた音が響く。手のひらでころがし、量を確かめながら玉に詰めていく。
市川三郷町の山奥にある花火工場。六畳の作業小屋で、花火師の柿本尚輝さん(33)は黙々と「玉詰め」に取り組んでいた。色が出る火薬「星」を外側に詰め、それを遠くに飛ばす「割(わり)火薬」を中心に埋め込んでいく。
火気厳禁。冬でも暖房は使わない。数ミリの誤差が、打ち上がった時には数メートルの狂いになる。寒さも忘れて手先に集中する。「きれいに花が開いてくれるやろか」。期待と不安が交錯する濃厚な時間だ。
9年前、故郷・北九州市の商社をやめ、知人から紹介された花火会社でアルバイトを始めた。商社では営業マンを1年半やったが、何か物足りなさを感じていた。
打ち上げ場から100メートルと離れていない所で見る花火は、圧巻だった。頭の上で光の大輪が花開き、遠くの観客がどよめく。「一瞬で消えるのに、どうしてこんなに人の心に残るんやろ」
もやもやしていた気持ちが吹き飛んだ。自分も作ってみたいと思った。
北九州市の花火会社に就職したが、手の込んだ花火は単価が高く、出荷は少ない。思ったものが作れない現実に苦しんだ。5年前の7月、会社をやめた。半年間修業したことのある市川大門の「マルゴー」の斉木智専務(39)に報告すると、「忙しい時期なのでバイトで来ないか」。
1週間後、車に夏服だけ衣装ケースごと積み込み、山梨に飛んだ。創意工夫を凝らした花火を作っているマルゴーには、ほれ込んでいた。うれしくて、早く工場に着きたくて、1100キロの道のりを、数回のトイレ休憩だけで一気に走り抜けた。
夏場は、大阪、千葉と、連日のようにトラックで打ち上げの会場に駆けつける。会社に寝泊まりし、夕食はコンビニ弁当という日々が続いた。
8月7日、約20万人が訪れる市川大門の「神明の花火大会」で花火への思いは揺るぎない決意に変わった。
トリを飾った斉木専務のスターマインは、約2000発が3分間に打ち上げられ、「空が光の花に包まれたよう」。胸に迫るものがあった。絶対に花火師を続けたい――。帰れと言われるまでいると決めた。4か月たったある日、正社員に誘われた。
「連日、現場を頼んでも、嫌がるどころか『たくさん花火を見られる』と喜んで行く」。斉木専務は、柿本さんの情熱に目を細める。
市川大門の花火は、武田氏の狼煙(のろし)が起源とされ、江戸時代には日本三大花火の一つに数えられた。戦後、業者の合併が進んで数は減ったが、線香花火などは内職として生産され、最盛期には旧町民の1割が携わったと言われる。
現在、町内で打ち上げ花火を生産しているのは2社だが、技術の高さで全国に知られる。「職人の情熱と、伝統を知る町民の支えがあってこそ」。マルゴーの斉木智徳社長(54)は言う。
柿本さんは、パステルカラーなど斬新な色作りや、音楽に合わせた構成に取り組んでいる。「じーんとくるような花火を作りたい」。伝統に新風を吹き込もうとする姿に、先輩職人や町民の温かい視線が注がれている。(新美舞)
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