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【ニュース】富士川クラフトパーク 切り絵の森 オープン

身延町の富士川クラフトパーク内に、切り絵の森美術館がオープンしました。
切り絵を専門に取り上げる施設は、これまでありそうでなかった新しい形態だと思います。
工芸が盛んな峡南地域の集客の核として期待されています。

詳しくはこちら

(以下山梨日日新聞Web版から引用)

「富士川・切り絵の森美術館」が27日、身延町下山の富士川クラフトパーク内にオープンした。開館を記念して8月29日まで企画展「切り絵・モダニズムの世界展」(合同会社「富士川・切り絵の森」主催、山梨日日新聞社、山梨放送共催)を開催。全国各地から大勢の家族連れらが訪れ、華麗な切り絵の世界に酔いしれていた。
園内に点在する4館のギャラリーに、切り絵界を代表する作家4人の作品計約150点を展示。子どもや女性のほか、人間に見立てた動物を描いたりと、切り絵の題材はさまざま。光の当て方で絵柄が変わる切り絵や立体切り絵など多彩な作品が並ぶ。
今後、毎週日曜日に開催予定の「切り絵体験教室」も実施。鑑賞を終えた来場者が、山梨きりえ協会メンバーの手ほどきを受けながら、制作を楽しんでいた。
また、開館記念イベントとして28日まで「富士川桜祭り」と「工芸市」を開催。峡南地域の住民グループによる和太鼓やバンド演奏、全4館を巡ると記念品がもらえるスタンプラリーやビンゴ大会などを行っている。
工芸市は園内の「道の駅・富士川ふるさと工芸館」が主催。工芸館の各工房で作られた陶器や和紙、ガラス、木工品などを通常販売価格の2~5割引きで販売し、竹細工制作の実演などもある。



(以下YOMIURIONLINEから引用)

身延町下山の県富士川クラフトパーク内に27日、「富士川・切り絵の森美術館」がオープンする。同館によると、切り絵専門の美術館は珍しいという。切り絵を通じて地場産業の和紙の魅力を発信し、峡南地域の観光の目玉にしようと関係者は期待を寄せている。
開館を記念して27日から「切り絵・モダニズムの世界展」を開催。富士吉田市出身の百鬼丸さんや、1枚の絵が光の当て方によって2枚の異なる絵に見える「光の切り絵」で知られる酒井敦美さん、ニュースキャスターの故筑紫哲也さんの次女、筑紫ゆうなさんら4人の切り絵作家の作品を各30~40点展示する。
パーク内には、「芝生」「時計台」「古民家」「工芸館」と呼ばれる四つの展示用ギャラリーがあり、4人の作家の作品を各ギャラリーに分けて展示する。「芝生」のギャラリーでは、切り絵の歴史などを紹介する展示室を設ける。
美術館を運営するのは、地元企業の経営者などでつくる民間会社「富士川・切り絵の森」。2009年に県からパークの指定管理者に委託された。施設の維持管理費は県から委託料が出るが、切り絵美術館のオープンに向けて新設した芝生のギャラリーの建設費などは同社が自己負担した。
美術館の篠原洋事務局長は「地域の20歳代から70歳代の住民40人が美術館のボランティアスタッフとして協力してくれる。地域一丸となって日本一の切り絵美術館にして身延を盛り上げたい」と意気込んでいる。
開館時間は午前9時半~午後5時半(入館は午後5時まで)。水曜休館(水曜が祝日の場合は翌日休館)。入館料は高校生以上500円、小中学生200円。問い合わせは同社((電)0556・62・4111)へ。

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【ニュース】身延山久遠寺の桜開花状況

しだれ桜で有名な身延山久遠寺で、桜の盛りを迎えています。
一週間ほどは混雑を緩和するため交通規制がありますので、訪れる方はご注意ください。
交通規制の状況についてはこちら

(以下山梨日日新聞Web版から引用)

身延山久遠寺のシダレザクラが満開になり、県内外から多くの家族連れやアマチュアカメラマンが訪れている。
境内の祖師堂と仏殿の前にそびえる2本の巨木は樹齢約400年。淡いピンク色の花をいっぱいに付けた無数の枝が春風に揺られ、訪れた人たちの目を楽しませている。
身延山観光協会によると、今年は昨年よりやや早く18日ごろから咲き始めた。雨などの影響がなければ、4月初めまで楽しめるという。
4月4日までは混雑が予想されるため、午前9時~午後4時は一般車両の通行を規制し、町総合文化会館からシャトルバスを運行する。

【ニュース】中部横断道 身延インター計画

身延駅の南に計画される中部横断道のインターの話題が記事になっていました。

観光面では身延山に至近で便利だと思います。
無料区間なのでインターの設置は簡単なのでしょうが、少々多すぎるような気もします。
身延町ではさらに田原地区にもインターの要望があるようですが、どうなるのでしょうか。

山梨日日新聞Web版

中部横断自動車道の新直轄区間で、新たなインターチェンジを整備する構想が具体化してきた。県が主体となり、JR身延駅南東側の身延町和田に整備することを想定。「まだ関係機関と協議中の段階」(県)だが、身延-南部インター間の開通時には利用できるようにする計画で、新年度中に国に対して新インターの設置許可を申請する方針。
新インターについては、身延町内で15日開かれた国や県、沿線5町などで組織する推進会議で県側が報告した。
県高速道路推進室によると、新インターの設置を想定しているのは、JR身延駅の南東で、現行計画にある身延インター計画地から南へ8キロの地点。身延-南部インター間が13・2キロと国内の高速道路インター間の平均距離(約10キロ)よりも長く、県は「利便性の向上に加え、身延山にも近く、地元の観光振興につながる」と一定の整備効果を見込んでいる。
県は国土交通省と協議を続けていて「許可を受けられる可能性が高まってきた」(高速道路推進室)としている。新インター設置申請を行う2010年度中には、同省から許可を受けたい考えだ。
新インターの整備をめぐっては、地元から県などに要望が出されていた。望月仁司身延町長は「災害や緊急時の道路としての機能が向上する。観光振興や企業誘致も期待できる」と話している。
同日の推進会議には、沿線自治体の首長らが出席。甲府河川国道事務所や中日本高速道路の担当者が工事の進ちょく状況や残土搬入の追加候補地に身延町江尻窪地区を選定したことなどを説明した。

【ニュース】富士川町のナンバープレート

富士川町で交付しているナンバープレートの話題が記事になっていました。
静岡県の富士川町と区別するため、山梨県と表記しているのだとか。
まだ実物を見たことはありませんが、インパクトはありそうですね。

(以下山梨日日新聞Web版から引用)

「山梨県の富士川町です」-。8日に発足した富士川町は、町が交付するミニバイクなどのナンバープレートに「山梨県」の文字を入れている。
町税務課によると、町では原動機付き自転車や小型特殊自動車に計5種類のナンバープレートを交付。静岡県の旧富士川町は2008年11月に富士市と合併してなくなったが、同町の名前が入ったナンバープレートは現在でも使用されており、区別するため、すべてに「山梨県」と入れた。
静岡県の旧富士川町と区別するため、ナンバープレートの形を変えることも検討したが「コストが高くなるため断念した」という。同課は「新しいナンバープレートを付けてさまざまな場所を走ってもらい、山梨県の富士川町をアピールしてほしい」と話している。

【ニュース】寺所の桜

市川三郷町の寺所の桜が紹介されていました。
こちらは、地区で育ててきた桜の名所として有名になってきました、
私も以前訪ねてみましたが、ちょっと分かりにくい所ではあります。
山の中の集落に集中的に桜が植えられており、非常に美しい景色が楽しめます。

(以下毎日jpから引用)

追跡・発掘:過疎地で守る1000本の桜--市川三郷町寺所地区 /山梨
◇住民5人「いずれ印に」
急峻(きゅうしゅん)な山に囲まれた市川三郷町寺所地区では、34年前から植えられてきた1000本近い桜のつぼみが今年も膨らみ始めた。「集落を去った人たちが花の季節に戻ってこられるように」という思いが込められている。住民の平均年齢67歳。過疎と高齢化が進む集落を訪ねた。【中西啓介】
旧六郷町中心部から乗用車1台がやっと通れる狭い林道を車で登ること約20分。標高約500メートルのわずかに開けた場所に、3~4軒の民家が肩を寄せ合うように並ぶ。廃屋もあるが、周辺は桜ばかりだ。
「盛りのころはね、ここにも90人近い人が住んでいたんだよ」。そう話すのは「千本桜を育てる会」会長で、同地区に住む内藤勝雄さん(79)。養蚕や炭焼きが盛んだった戦前は、17世帯があったという。だが、甲府市などへ移る人が増え、1軒また1軒と人家は姿を消した。
「どんどん減って、病人が死ぬ時のような心境だった。本当に切羽詰まってね」。5世帯になった76年春、内藤さんは9人の住民と桜の苗木を植えることを決めた。集落を去った人に、せめて立ち寄ってほしいと願ったからだ。旧町が苗木200本分の費用を負担してくれた。植える場所は雑木林を住民自ら開墾した。その後も毎年20~100本のソメイヨシノやしだれ桜を植え続け、いつしか1000本植えることが目標になった。
88年に900本の植樹を達成すると、翌年、残り100本の「里親」を募集することにした。集落にゆかりのある人以外にも、結婚記念や入学祝いに、と県内外から約150人の応募があり、これが新たな交流を生んだ。
「植樹式には250人も来てくれた」と内藤さんは懐かしそうに振り返る。その後4年間、毎年花見大会が開かれ、80人以上が集った。だが、集落側の負担が重すぎた。「食事を作るのは女性3人。接待する方が大変で」と内藤さんの妻充さん(79)は振り返る。やがて祭りは中止になった。
最近では、花の季節でも集落出身者や観光客が数人姿を見せる程度。それでも、勝雄さんは訪れる人たちに声をかけ、桜に託した思いを語る。
桜は一部が枯れ、今は950本ほど。住民5人だけでは下草刈りなどの管理も重労働だ。充さんは「ここも人のいない集落になるのかな」と声を落とす。勝雄さんも「桜だけは残ってくれる。『寺所地区跡地』って印を残しておかなくちゃ」と寂しげだ。
花見客がくつろげるように地区の人たちは今年も広場にテントを2張り設置する。「たくさんの人が見に来てくれるとうれしいね」と勝雄さんは穏やかな笑みを浮かべた。

【ニュース】下山甚句で100歳をお祝い

下山甚句で100歳を祝ってもらったお婆さんの記事が紹介されていました。
田舎ならではの暖かみのある話題で、とても良いことだと思います。

(以下山梨日日新聞Web版から引用)

身延町下山の住民有志でつくる「下山甚句保存会」が、100歳を迎えた地元の望月今代さんにささげる甚句を作った。レトリックを駆使して、100歳と前途を祝う内容で、7日に自宅で開かれた祝賀会で披露した。
今代さんは1910年(明治43年)3月7日生まれ。保存会メンバーで息子の金雄さん(70)夫婦と一緒に暮らしている。今代さんは下山甚句が好きで、よく口ずさんでいるといい、保存会メンバーがオリジナルの甚句で祝福しようと企画した。
下山甚句は、江戸、明治期に全国で活躍した下山大工が滞在先や故郷の情景を詠んだ伝統芸能で、5句28音の文句を掛け合いながら踊り続けるのが特徴。
作り上げた甚句は「祝百歳の 望月に 山額やまびたの 今代の春よ また来い」-。山額は居を構える下山地区内の地名。名字の望月は「満月」を意味し、名前の今代は「今の世」とそれぞれ掛詞かけことばになっている。
保存会によると、周囲を明るくする今代さんを満月にたとえ、今の幸せが何回も訪れるようにとの願いが込められているという。
祝賀会では、メンバー4人が法被を身にまとい、踊りも交えて元祖の甚句10句と作成した甚句を披露。参加した親族や地域住民ら約50人全員で歌った。今代さんも保存会が用意した甚句集を手に、時折、手拍子をして歌っていた。
今代さんは「予期せぬ贈り物に驚いた。いつも優しくしてもらっている家族や地元の人たちに感謝したい」と喜んでいた。



下山甚句について、詳しくはこちら

【ニュース】鰍沢町 増穂町 合併により 富士川町誕生

鰍沢町と増穂町が合併して、富士川町が発足しました。
朝日新聞に詳しく載っていますが、ここまでには大変な曲折がありましたので、まずは喜ばしいことだと思います。
ただ、富士川町も市川三郷町とのさらなる合併を模索しているように、現在の規模で永続することは難しい状況です。

その場合には、富士川町+市川三郷町の枠組みでよいのでしょうか。
身延町、早川町、南部町も含めて、将来的な峡南地域のあり方を考えるべき時期だと思います。

(以下山梨日日新聞Web版から引用)

増穂、鰍沢両町が合併して誕生した富士川町は8日、本格的な業務をスタートさせ、新町として船出した。
町役場(旧増穂町役場)では、午前0時の日付変更と同時に、笑顔で婚姻届を提出する人の姿が見られた。開庁式前には石川洋司町長職務執行者が町幹部職員に辞令を交付。業務開始直後には「富士川町」第1号となるミニバイクのナンバープレートを手に入れようと数人の住民が集まり、抽選を行った。
また、この日から増穂町商工会が主催して「富士川町誕生記念セール」がスタート。初日は一部商店が食料品や衣料品を割引価格で販売したほか、「まほらの湯」や「甲州鰍沢温泉かじかの湯」では、ボディーソープが来館者にプレゼントされた。



(以下山梨日日新聞Web版から引用)

増穂、鰍沢両町が合併して富士川町が8日発足し、開庁式が行われた。新市町村合併特例法に基づく県内では最後の合併。同日は選挙管理委員会も開かれ、町長選と町議選の日程を4月20日告示、同25日投開票と決めた。
富士川町役場(旧増穂町役場)で行われた開庁式では、旧鰍沢町長で町長職務執行者を務める石川洋司氏が「住民の一体感を醸成し、新町建設計画の理念に沿ったまちづくりを一日でも早く実現したい」とあいさつ。町旗の掲揚や関係者によるテープカットを行い、新町の門出を祝った。
2003年の南部町から始まった「平成の大合併」は富士川町の発足で一区切りとなる。当時、64あった県内の市町村は27まで減少した。
一方、日程が決まった初代町長選は、旧増穂町長の志村学氏(60)が立候補を表明しているほかに目立った動きはなく、無投票の可能性が出ている。町長選と町議選の届け出は20日午前8時半から午後5時。投票は25日午前7時から午後8時まで町内19カ所で行い、同9時から町民会館で開票する。2日現在の有権者数は1万3865人(男6701、女7164)。
また、同日は臨時教育委員会も開き、暫定教育長に大森浩文氏(61)、暫定教育委員長に青柳光仁氏(65)を互選した。



(以下asahi.comから引用)

増穂、鰍沢両町が合併し、8日、富士川町が誕生した。人口は1万6866人(同日現在)で、県内の町村の中では富士河口湖町、市川三郷町、昭和町に次いで4番目の規模となる。国が優遇措置を設けて主導した「平成の大合併」は、これで一区切りを迎え、県内の市町村数は、この10年で64から、6割近く減って27となった。(吉田晋)
■町長・町議選は来月25日投票
両町の合併構想は、2002年7月、他の周辺自治体を交えた5町で任意合併協議会を設立したのがはじまり。その枠組みが破談となった後の04年、鰍沢町が2町合併を増穂町へ申し入れた。増穂町内で賛否が割れ、住民投票や町長の解職請求(リコール)を求める署名活動など、足かけ6年に及ぶ曲折を経て、昨年6月の町議会でようやく決着した。
県内で「平成の大合併」の先陣を切ったのは03年春に誕生した南部町と南アルプス市。富士川町発足で、13市8町6村に再編された。
富士川町選挙管理委員会は8日、町長、町議選の日程を4月20日告示、同25日投開票と決めた。町長選には志村学・旧増穂町長が立候補の意思を表明している。町議選の定数は、旧2町の合計24から削減し、16で争われる。
■合併条件巡る旧2町・町内対立 二重の融和、課題
「難産の末の船出。一刻も早く住民の一体感の醸成が必要です」。富士川町の本庁舎となる旧増穂町役場前で、8日朝あった開庁式。新町長が決まるまでの職務執行者を務める石川洋司・旧鰍沢町長は、式辞の中で、あえて課題を直視してみせた。
石川氏は実際、合併協議の席をけろうとしたことがある。話し合いが本格化する直前の一昨年夏、両町幹部が計6回開いた「事前協議」でのこと。増穂町側が、対等合併ではなく鰍沢町を編入するとした素案をはじめ、合併協の会長職や町名など自身に有利な提案を繰り返したからだ。「吸収合併して救済してやる、そんな態度がみえみえだった」。鰍沢町の幹部らは当時、口惜しそうに漏らした。
確かに人口比で増穂町は鰍沢町の3倍、予算規模で2倍。財政の健全さを示す財政力指数も増穂町(約0・5)が鰍沢町(約0・2)より良好だ。一方、町制施行から120年近い歴史を誇る鰍沢は、戦後に町となった増穂への対抗心を隠さなかった。
しかし、人口減や高齢化という悩みは共通している。富士川町は、合併を機に組織を見直し、「子育て支援課」や「企業立地推進室」を新設。定住促進や企業誘致などを重点施策に掲げたが、新町まちづくり計画では「現在の人口規模を維持する」とうたうのが精いっぱいだった。
さらに、融和が必要なもう一つの「傷」がある。
鰍沢町との合併をめぐり増穂町内を2分した5年半の争いは、怪文書や中傷ビラが飛
び交い、今も反対派が合併取り消しを求めて係争中だ。
新町政のかじ取りに意欲を見せる志村学・旧増穂町長は「良い地域づくりを進めることで解決していける」と融和への自信をのぞかせる。ただ、志村氏が公約の柱とし、合併の大義としてきた「市川三郷町とも一緒になった人口3万の新市建設構想」は、前提があやしくなってきた。5万人以上とされる市の人口要件を、「合併時は3万人に緩和」という特例が3月に期限切れとなるためだ。
「(3万人の)特例は残してほしいと要望している。仮に特例がなくても、過疎や地域医療、地域振興など共通する課題がある市川三郷との合併は進めたい」。志村氏は8日、こう話した。
   ◇   ◇   ◇
■ナンバー1「どうしても…」
富士川町で交付するナンバープレートの「1」番=写真=を求めて、8日、抽選の列が役場にできた。
「1」ナンバーは、125cc以下の二輪車など排気量に応じて5種類。静岡県にあった同名の町は、08年秋に富士市に編入合併してなくなったものの、ナンバー自体は廃車まで有効になっている。区別するため、こちらの富士川町のプレートに「山梨県」と入れた。
8時半の抽選に並んだのは5人。50ccの原付きバイク用の白いプレートを手に入れた高校生(18)は「父から1番を引いてこいと言われた」。他の二輪車など3種類の「1」を当てた会社員(42)は「ほんとは全部ほしかったけど」と笑顔を見せていた。



(以下YOMIURI ONLINEから引用)

増穂町と鰍沢町が8日、合併し、富士川町が誕生した。本庁舎となる旧増穂町庁舎ではこの日、開庁式が行われ、職員や出席者が新町の門出を祝った。
式典には、来賓の横内知事など約80人が出席した。新町長が決まるまで町長の職務を代理する職務執行者の石川洋司・旧鰍沢町長が「難産の末の船出。一刻も早く旧町の垣根を取り除き、町民が一丸とならなければいけない」と式辞を述べた。町旗が掲げられた後、庁舎の玄関前ではテープカットが行われた。
富士川町選挙管理委員会は8日、新町誕生に伴う初代町長選、町議選(定数16)を4月25日に行うことを決めた。告示は同20日。
町長選には現在、市川三郷町との合併を目指している志村学・旧増穂町長が出馬を表明しているほかは、目立った動きはない。
志村氏に新町の課題、展望を聞いた。

――主な政策課題は
町民の一体感の醸成を図り、市川三郷町と一緒に町を作り、福祉を充実させること。

――市川三郷町との合併のメリットは
医療、教育など市川三郷町とは共通の課題がある。医療で言えば、社会保険鰍沢病院には内科医がいない。市川三郷町立病院と連携して地域医療を守りたい。救急医療にも対応できるようになり、万全の地域医療を確立できる。

――地域作りでのメリットとは
富士川町だけだと通年で楽しめる観光パンフレットを作るのは難しい。市川三郷町の大塚ニンジンや神明の花火などを一緒に盛り込めば1年中楽しめるパンフレットが作れる。ほかにも中部横断道のパーキングエリアづくりで連携するなど、人が集まる、魅力あふれる町を目指したい。

――3万人特例がなくなり、市への移行は難しそうだが
市になれなくても合併はしたい。自治体規模が大きくなければ住民サービスがしっかりできない。小さい町では自己決定ができないこともある。今後、法律が変わればやはり市を目指したい。町民にとって住みやすく、子育てがしやすい町を作っていきたい。



(以下MSN産経ニュースから引用)

山梨県増穂町と鰍沢(かじかざわ)町が合併した富士川町が8日に誕生した。現行の合併特例法は今月末で期限切れとなり、県内市町村の「平成の大合併」はこれが最後。市町村数は平成15年の64から27に減った。
富士川町によると、町人口は8日現在で1万6867人、面積は約112平方キロ。町役場は旧増穂町役場に置かれ、旧鰍沢町役場は分庁舎となる。地方自治法の規定により、町長選と町議選(定数16)が4月25日に行われる。町役場代表の電話番号は0556・22・1111。



(以下毎日jpから引用)

◇賛成派と反対派にしこり
増穂、鰍沢両町が8日合併し、富士川町が誕生した。新合併特例法は3月末に期限切れとなり、「平成の大合併」の県内最後のケースとなったが、旧増穂町では合併賛成派と反対派の間にしこりが残る。大合併前に64あった県内市町村はこれで27となった。【春増翔太、沢田勇】
富士川町や県市町村課によると、新町は面積112平方キロ。人口は1万6866人(8日現在)で県内市町村中16位となる。
地方債残高(一般会計)は計75億7600万円となり、新町は職員の削減などで合理化を進め、14年度までには2億円の人件費を削減する方針。また、議員定数も旧町を合わせると24だったが、16に減らす。
富士川町の将来構想は、中部横断自動車道を活用した企業誘致などで人口を14年まで維持することを目標にしている。しかし、高齢化率は県平均に比べて5%ほど高く、企業誘致も具体化しているわけではないため、構想が実現できるかどうかは未知数だ。
合併の組み合わせをめぐっては紆余(うよ)曲折があった。当初は鰍沢町が旧市川大門、六郷両町と、増穂町は南アルプス市との合併を模索したがいずれも頓挫。06年ごろ、増穂・鰍沢の合併構想が浮上したが、増穂町民の間に反対の声が大きく、町を二分する争いとなった。反対派だったたばこ店の女性経営者(70)は「今も近所の推進派の人たちとは、あいさつ程度しかしない」と話す。
07年7月の増穂町長選で鰍沢町に加えて市川三郷町との合併を公約に掲げて初当選した志村学氏は「峡南北部市」を目指す考えを示しているが、合併の特例として人口3万人を超えれば市になることができる制度も新合併特例法の期限切れに伴い廃止される。
今後、市を目指すには地方自治法の定める人口5万人が必要となる。しかし、仮に市川三郷町と合併しても人口は3万5000人程度にとどまる。
旧増穂町でバイク修理工場を営む男性(73)は「市川三郷とは富士川を挟んでいて生活圏が違う」と新たな合併には否定的だ。
8日は富士川町役場本庁舎となった旧増穂町役場で開庁式が開かれ、横内正明知事や地元選出の県議らが出席。町長職務執行者の石川洋司・旧鰍沢町長が「一刻も早く町内の一体感を醸成し、新たな町づくりを進めたい」とあいさつした。
   ◇  ◇
総務省によると、富士川町の誕生で、全国の町の数が1減って783となり、初めて市の数(784)を下回った。村は187に減っている。
平成の大合併直前(99年3月末)は市が670、町が1994、村が568だった。



【ニュース】早川スポーツ大賞

早川町の体協で選定している早川スポーツ大賞が記事になっていました。
小さな町でこのような試みが行われていることが面白いと感じました。
頑張っている人を褒める、というシンプルな手法は、シンプルであるが故に有効なんだと思います。

(以下山梨日日新聞Web版から引用)

早川町体育協会は6日、同町民会館で「早川スポーツフェスタ2010」を開いた。ここ2年間、各スポーツ種目で最も活躍した町民を決めるイベントで、大賞に陸上の円盤投げに取り組む身延高1年の村田雅弥さん(16)=千須和=が選ばれた。
スポーツ振興や健康増進を目的に04年から隔年で開催。町生涯スポーツ推進委員会が1月に候補23組を選び、各組を紹介するチラシを町内全戸に配布。約2週間、町民から投票を受け付けて12の個人・団体をノミネートした。
フェスタでは、各候補を紹介するスライドを上映し、本人にインタビュー。同協会役員ら6人の投票で大賞を、詰め掛けた町民約100人の投票で奨励賞を決めた。村田さんは、陸上の円盤投げで県中学、県高校新記録を樹立したことなどが評価された。
また、山梨学院高サッカー部の横森巧監督が講演。監督として全国の頂点に立つまでの歩みなどを紹介し、審査員特別賞を選んだ。
被表彰者は次の通り。
▽早川スポーツ大賞 村田雅弥▽審査員特別賞 杉山愛海(早川中)▽奨励賞 望月弘一(草塩)、早川北小スナッグゴルフチーム


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