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【ニュース】鰍沢町 増穂町 合併により 富士川町誕生

鰍沢町と増穂町が合併して、富士川町が発足しました。
朝日新聞に詳しく載っていますが、ここまでには大変な曲折がありましたので、まずは喜ばしいことだと思います。
ただ、富士川町も市川三郷町とのさらなる合併を模索しているように、現在の規模で永続することは難しい状況です。

その場合には、富士川町+市川三郷町の枠組みでよいのでしょうか。
身延町、早川町、南部町も含めて、将来的な峡南地域のあり方を考えるべき時期だと思います。

(以下山梨日日新聞Web版から引用)

増穂、鰍沢両町が合併して誕生した富士川町は8日、本格的な業務をスタートさせ、新町として船出した。
町役場(旧増穂町役場)では、午前0時の日付変更と同時に、笑顔で婚姻届を提出する人の姿が見られた。開庁式前には石川洋司町長職務執行者が町幹部職員に辞令を交付。業務開始直後には「富士川町」第1号となるミニバイクのナンバープレートを手に入れようと数人の住民が集まり、抽選を行った。
また、この日から増穂町商工会が主催して「富士川町誕生記念セール」がスタート。初日は一部商店が食料品や衣料品を割引価格で販売したほか、「まほらの湯」や「甲州鰍沢温泉かじかの湯」では、ボディーソープが来館者にプレゼントされた。



(以下山梨日日新聞Web版から引用)

増穂、鰍沢両町が合併して富士川町が8日発足し、開庁式が行われた。新市町村合併特例法に基づく県内では最後の合併。同日は選挙管理委員会も開かれ、町長選と町議選の日程を4月20日告示、同25日投開票と決めた。
富士川町役場(旧増穂町役場)で行われた開庁式では、旧鰍沢町長で町長職務執行者を務める石川洋司氏が「住民の一体感を醸成し、新町建設計画の理念に沿ったまちづくりを一日でも早く実現したい」とあいさつ。町旗の掲揚や関係者によるテープカットを行い、新町の門出を祝った。
2003年の南部町から始まった「平成の大合併」は富士川町の発足で一区切りとなる。当時、64あった県内の市町村は27まで減少した。
一方、日程が決まった初代町長選は、旧増穂町長の志村学氏(60)が立候補を表明しているほかに目立った動きはなく、無投票の可能性が出ている。町長選と町議選の届け出は20日午前8時半から午後5時。投票は25日午前7時から午後8時まで町内19カ所で行い、同9時から町民会館で開票する。2日現在の有権者数は1万3865人(男6701、女7164)。
また、同日は臨時教育委員会も開き、暫定教育長に大森浩文氏(61)、暫定教育委員長に青柳光仁氏(65)を互選した。



(以下asahi.comから引用)

増穂、鰍沢両町が合併し、8日、富士川町が誕生した。人口は1万6866人(同日現在)で、県内の町村の中では富士河口湖町、市川三郷町、昭和町に次いで4番目の規模となる。国が優遇措置を設けて主導した「平成の大合併」は、これで一区切りを迎え、県内の市町村数は、この10年で64から、6割近く減って27となった。(吉田晋)
■町長・町議選は来月25日投票
両町の合併構想は、2002年7月、他の周辺自治体を交えた5町で任意合併協議会を設立したのがはじまり。その枠組みが破談となった後の04年、鰍沢町が2町合併を増穂町へ申し入れた。増穂町内で賛否が割れ、住民投票や町長の解職請求(リコール)を求める署名活動など、足かけ6年に及ぶ曲折を経て、昨年6月の町議会でようやく決着した。
県内で「平成の大合併」の先陣を切ったのは03年春に誕生した南部町と南アルプス市。富士川町発足で、13市8町6村に再編された。
富士川町選挙管理委員会は8日、町長、町議選の日程を4月20日告示、同25日投開票と決めた。町長選には志村学・旧増穂町長が立候補の意思を表明している。町議選の定数は、旧2町の合計24から削減し、16で争われる。
■合併条件巡る旧2町・町内対立 二重の融和、課題
「難産の末の船出。一刻も早く住民の一体感の醸成が必要です」。富士川町の本庁舎となる旧増穂町役場前で、8日朝あった開庁式。新町長が決まるまでの職務執行者を務める石川洋司・旧鰍沢町長は、式辞の中で、あえて課題を直視してみせた。
石川氏は実際、合併協議の席をけろうとしたことがある。話し合いが本格化する直前の一昨年夏、両町幹部が計6回開いた「事前協議」でのこと。増穂町側が、対等合併ではなく鰍沢町を編入するとした素案をはじめ、合併協の会長職や町名など自身に有利な提案を繰り返したからだ。「吸収合併して救済してやる、そんな態度がみえみえだった」。鰍沢町の幹部らは当時、口惜しそうに漏らした。
確かに人口比で増穂町は鰍沢町の3倍、予算規模で2倍。財政の健全さを示す財政力指数も増穂町(約0・5)が鰍沢町(約0・2)より良好だ。一方、町制施行から120年近い歴史を誇る鰍沢は、戦後に町となった増穂への対抗心を隠さなかった。
しかし、人口減や高齢化という悩みは共通している。富士川町は、合併を機に組織を見直し、「子育て支援課」や「企業立地推進室」を新設。定住促進や企業誘致などを重点施策に掲げたが、新町まちづくり計画では「現在の人口規模を維持する」とうたうのが精いっぱいだった。
さらに、融和が必要なもう一つの「傷」がある。
鰍沢町との合併をめぐり増穂町内を2分した5年半の争いは、怪文書や中傷ビラが飛
び交い、今も反対派が合併取り消しを求めて係争中だ。
新町政のかじ取りに意欲を見せる志村学・旧増穂町長は「良い地域づくりを進めることで解決していける」と融和への自信をのぞかせる。ただ、志村氏が公約の柱とし、合併の大義としてきた「市川三郷町とも一緒になった人口3万の新市建設構想」は、前提があやしくなってきた。5万人以上とされる市の人口要件を、「合併時は3万人に緩和」という特例が3月に期限切れとなるためだ。
「(3万人の)特例は残してほしいと要望している。仮に特例がなくても、過疎や地域医療、地域振興など共通する課題がある市川三郷との合併は進めたい」。志村氏は8日、こう話した。
   ◇   ◇   ◇
■ナンバー1「どうしても…」
富士川町で交付するナンバープレートの「1」番=写真=を求めて、8日、抽選の列が役場にできた。
「1」ナンバーは、125cc以下の二輪車など排気量に応じて5種類。静岡県にあった同名の町は、08年秋に富士市に編入合併してなくなったものの、ナンバー自体は廃車まで有効になっている。区別するため、こちらの富士川町のプレートに「山梨県」と入れた。
8時半の抽選に並んだのは5人。50ccの原付きバイク用の白いプレートを手に入れた高校生(18)は「父から1番を引いてこいと言われた」。他の二輪車など3種類の「1」を当てた会社員(42)は「ほんとは全部ほしかったけど」と笑顔を見せていた。



(以下YOMIURI ONLINEから引用)

増穂町と鰍沢町が8日、合併し、富士川町が誕生した。本庁舎となる旧増穂町庁舎ではこの日、開庁式が行われ、職員や出席者が新町の門出を祝った。
式典には、来賓の横内知事など約80人が出席した。新町長が決まるまで町長の職務を代理する職務執行者の石川洋司・旧鰍沢町長が「難産の末の船出。一刻も早く旧町の垣根を取り除き、町民が一丸とならなければいけない」と式辞を述べた。町旗が掲げられた後、庁舎の玄関前ではテープカットが行われた。
富士川町選挙管理委員会は8日、新町誕生に伴う初代町長選、町議選(定数16)を4月25日に行うことを決めた。告示は同20日。
町長選には現在、市川三郷町との合併を目指している志村学・旧増穂町長が出馬を表明しているほかは、目立った動きはない。
志村氏に新町の課題、展望を聞いた。

――主な政策課題は
町民の一体感の醸成を図り、市川三郷町と一緒に町を作り、福祉を充実させること。

――市川三郷町との合併のメリットは
医療、教育など市川三郷町とは共通の課題がある。医療で言えば、社会保険鰍沢病院には内科医がいない。市川三郷町立病院と連携して地域医療を守りたい。救急医療にも対応できるようになり、万全の地域医療を確立できる。

――地域作りでのメリットとは
富士川町だけだと通年で楽しめる観光パンフレットを作るのは難しい。市川三郷町の大塚ニンジンや神明の花火などを一緒に盛り込めば1年中楽しめるパンフレットが作れる。ほかにも中部横断道のパーキングエリアづくりで連携するなど、人が集まる、魅力あふれる町を目指したい。

――3万人特例がなくなり、市への移行は難しそうだが
市になれなくても合併はしたい。自治体規模が大きくなければ住民サービスがしっかりできない。小さい町では自己決定ができないこともある。今後、法律が変わればやはり市を目指したい。町民にとって住みやすく、子育てがしやすい町を作っていきたい。



(以下MSN産経ニュースから引用)

山梨県増穂町と鰍沢(かじかざわ)町が合併した富士川町が8日に誕生した。現行の合併特例法は今月末で期限切れとなり、県内市町村の「平成の大合併」はこれが最後。市町村数は平成15年の64から27に減った。
富士川町によると、町人口は8日現在で1万6867人、面積は約112平方キロ。町役場は旧増穂町役場に置かれ、旧鰍沢町役場は分庁舎となる。地方自治法の規定により、町長選と町議選(定数16)が4月25日に行われる。町役場代表の電話番号は0556・22・1111。



(以下毎日jpから引用)

◇賛成派と反対派にしこり
増穂、鰍沢両町が8日合併し、富士川町が誕生した。新合併特例法は3月末に期限切れとなり、「平成の大合併」の県内最後のケースとなったが、旧増穂町では合併賛成派と反対派の間にしこりが残る。大合併前に64あった県内市町村はこれで27となった。【春増翔太、沢田勇】
富士川町や県市町村課によると、新町は面積112平方キロ。人口は1万6866人(8日現在)で県内市町村中16位となる。
地方債残高(一般会計)は計75億7600万円となり、新町は職員の削減などで合理化を進め、14年度までには2億円の人件費を削減する方針。また、議員定数も旧町を合わせると24だったが、16に減らす。
富士川町の将来構想は、中部横断自動車道を活用した企業誘致などで人口を14年まで維持することを目標にしている。しかし、高齢化率は県平均に比べて5%ほど高く、企業誘致も具体化しているわけではないため、構想が実現できるかどうかは未知数だ。
合併の組み合わせをめぐっては紆余(うよ)曲折があった。当初は鰍沢町が旧市川大門、六郷両町と、増穂町は南アルプス市との合併を模索したがいずれも頓挫。06年ごろ、増穂・鰍沢の合併構想が浮上したが、増穂町民の間に反対の声が大きく、町を二分する争いとなった。反対派だったたばこ店の女性経営者(70)は「今も近所の推進派の人たちとは、あいさつ程度しかしない」と話す。
07年7月の増穂町長選で鰍沢町に加えて市川三郷町との合併を公約に掲げて初当選した志村学氏は「峡南北部市」を目指す考えを示しているが、合併の特例として人口3万人を超えれば市になることができる制度も新合併特例法の期限切れに伴い廃止される。
今後、市を目指すには地方自治法の定める人口5万人が必要となる。しかし、仮に市川三郷町と合併しても人口は3万5000人程度にとどまる。
旧増穂町でバイク修理工場を営む男性(73)は「市川三郷とは富士川を挟んでいて生活圏が違う」と新たな合併には否定的だ。
8日は富士川町役場本庁舎となった旧増穂町役場で開庁式が開かれ、横内正明知事や地元選出の県議らが出席。町長職務執行者の石川洋司・旧鰍沢町長が「一刻も早く町内の一体感を醸成し、新たな町づくりを進めたい」とあいさつした。
   ◇  ◇
総務省によると、富士川町の誕生で、全国の町の数が1減って783となり、初めて市の数(784)を下回った。村は187に減っている。
平成の大合併直前(99年3月末)は市が670、町が1994、村が568だった。



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